心房細動(AF)患者の脳梗塞・全身性塞栓症予防に使用される薬剤に直接経口抗凝固薬(DOAC)があります。しかし、実臨床では標準投与量から逸脱し、過小投与(減量しすぎ)や過量投与(適切に減量しない)といった問題が生じています。これらの不適切投与により、血栓リスクや出血リスクを増加する可能性が指摘されています。
本記事では、DOACの過小投与や過量投与が患者に与える影響について、エビデンスも踏まえて一緒に考えてみましょう。
Contents
DOACの投与量は適切か?心房細動における過小・過量投与の問題点
DOAC投与量の決定基準と実臨床のギャップ
【心房細動】添付文書に基づくDOACの投与量(日本)
DOACの投与量は、年齢・体重・腎機能などの患者背景を考慮して決定されます。
DOAC | 標準投与量 | 減量基準 |
ダビガトラン | 150 mg×2回/日 | CrCl 30~50 mL/min、75歳以上で110 mg×2回/日 |
リバーロキサバン | 15 mg/日 | CrCl 15~49 mL/minで10 mg/日 |
アピキサバン | 5 mg×2回/日 | ①年齢≧80歳 ②体重≦60 kg ③Cr≧1.5 mg/dLのうち2つ以上で2.5 mg×2回/日 |
エドキサバン | 60 mg/日 | 体重≦60 kg or CrCl 15~50 mL/minまたは併用薬により30 mg/日(出血リスクの高い高齢患者では、15 mg/日に減量可) |
しかし、実臨床では標準投与が守られていないケースも少なくありません。
実臨床における投与量の実態
過小投与(減量しすぎ)
- 高齢者や腎機能低下患者で「安全を優先」して過剰に減量されるケースが多い。
- ORBIT‐AF II(The Outcomes Registry for Better Informed Treatment of Atrial Fibrillation II)1)によるとDOACを減量投与されていたうち、推奨基準を満たしていたのは4割程度。
- 標準投与量と比較すると、不適切に減量投与された患者では血栓塞栓イベントの発生率が高い傾向がある。(100人年あたり2.11件 vs. 1.35件、ハザード比1.56、95%信頼区間 0.92-2.67)
不適切な減量投与が血栓塞栓症や死亡のリスク増加に関連する可能性があることが示唆されると思います。
過量投与(適切に減量しない)
- 腎機能が低下しているのに、標準投与が継続されるケース。
- 特にリバーロキサバン・ダビガトランでは出血リスクが大幅に上昇。
- 透析患者にDOACを使用する例もあり、安全性に懸念。
心房細動がある透析患者にDOACを投与し、脳卒中や全身性塞栓症のリスクにおいてワーファリンと比較して有意な差は認められなかったという報告2,3)があります。(2025.4記載時点で日本ではDOACに透析患者に対する適応はなし)
過小投与のリスク—血栓イベントの増加
血栓リスクの上昇
- DOACを適切に減量せずに投与量を下げすぎると、抗凝固効果が不足し、血栓リスクが上昇する。
過小投与の背景—「安全志向」の落とし穴
- 医師が出血を恐れて過剰に減量されているケースがある。
- 高齢者では特に、「標準投与では出血しそうだから減らしておこう」という心理が働く。
- 適切な腎機能評価をせずに、必要以上に減量されることが問題。
- 患者自身の判断で薬を中断するケースもある。(副作用への不安、医療費の負担、受診の手間などを理由に、薬がなくなっても受診せずに放置されることもある。)
薬剤師の立場としては、
-
適切な腎機能評価を基に、用量調節が正しく行われているか確認すること
-
患者が自己判断で薬を中断しないよう、不安を取り除くための説明を行うこと
が重要です。
出血傾向についての説明例はコチラの記事もご参照ください。
過量投与のリスク—出血イベントの増加
出血リスクの上昇
- 腎機能が低下している患者に標準投与を継続すると、DOACの血中濃度が上昇し、重大な出血リスクを引き起こす。
- ORBIT-AF IIレジストリ1)では、過量投与群の大出血リスクが約2倍に増加。
過量投与が起こる背景
- 腎機能低下を適切に評価せず、CrCl 50 mL/min未満でも減量しないケース。
- eGFRではなくシスタチンC補正GFRを考慮することが重要(特に高齢者)。
- 透析患者へのDOAC投与は、リスクを十分考慮する必要がある。
透析患者へのDOAC
- 透析患者に対するDOACの使用は、日本を含め多くの国で未承認だが、米国ではアピキサバンのみFDAにより承認されている。
- AHA/ACC/HRSガイドライン4)では、透析患者におけるCHA₂DS₂-VAScスコア2点以上の患者に対し、ワルファリンまたはアピキサバンによる抗凝固療法をClass IIb(臨床的有用性は示唆されるがエビデンスは限定的)としている。
適正投与のためのポイント
腎機能の正確な評価
- 高齢者や低体重者では過小投与になりやすいので慎重に判断。
服薬アドヒアランスの確認
- 患者が「薬が多い」と感じて勝手に減らすケースがある。
- 適正な投与量を維持するためには、服薬指導が重要。
DOACの選択
DOACはすべて腎機能低下時に減量が推奨されているが、各薬剤の腎排泄率には大きな違いがあります。
DOAC | 腎排泄率(尿中未変化体排泄率) |
ダビガトラン | 82.1% |
リバーロキサバン | 36% |
アピキサバン | 27% |
エドキサバン | 48.6% |
腎排泄率が高いほど、腎機能低下時には血中濃度が上昇しやすく、適切な減量がより重要となります。
特にダビガトランは腎排泄率が最も高いため、腎機能低下例では慎重な投与が必要とされます。一方、アピキサバンは腎排泄率が比較的低いため、腎機能が低下した患者にも使用しやすいと考えられます。
添付文書上の減量基準を順守することが重要だが、各DOACの薬物動態の違いを理解し、患者の腎機能や臨床状況に応じた適切な選択が求められます。
DOACのまとめについてはコチラの記事もご参照ください。
『DOACの投与量は適切か?心房細動における過小・過量投与の問題点』まとめ
- 過小投与・過量投与は、どちらも大きなリスクを伴う。
- 過小投与 → 脳梗塞リスク増加
- 過量投与 → 出血リスク増加
- 実臨床では、医師の「安全志向」により過小投与が多い。
- 適切な腎機能評価、ガイドラインの理解、服薬指導の強化が重要。
- DOACの投与量は、「安全性」と「有効性」のバランスを取ることが不可欠。
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