『ホスホマイシン(2g)注1Vを生理食塩液100mLに溶解して1時間で投与』という処方があった場合、アレ?と思いますか?どうでしょうか。
抗生剤は生理食塩液で溶解すること多いですよね。しかしホスホマイシンはナトリウム含有量(食塩含有量)が多いため生理食塩液で溶解してはいけません。
もしおかしいと思わなくてもこの記事を読めばもう大丈夫です。知っているか知らないかだけですよ。
治療しているつもりが患者さんの害になってしまったなんて考えたくないですよね。
この記事でナトリウムの含有量が多い特に注意が必要な抗生剤を押さえましょう。
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抗生剤とナトリウム
多くの抗生剤は水溶性にするためにナトリウム塩となっています。そのため、抗生剤の大量投与時にナトリウム等の電解質バランスに影響を与える可能性があります。特に心不全、腎不全、高血圧症等のナトリウムの摂取制限が必要な患者に投与する場合は注意が必要です。
抗生剤、輸液等ナトリウムの含有量はmEqという単位で記載されています。ただmEqという単位で記載されていても、どのくらい多いのか分かりにくいですよね。また、1日のナトリウム量といわれてもあまりピンときませんよね。食塩量に換算してみていきましょう。
厚生労働省の【日本人の食事摂取基準2020年版】より成人・高齢者の塩分摂取推奨量は6g/日未満となります。
国民健康・栄養調査の結果を見ると、日本人の食塩摂取量は、前回(2015 年版)設定した目標量には達していないものの、減少傾向にある。我が国を始め各国のガイドラインを考慮すると高血圧の予防、治療のためには、6 g/日未満の食塩摂取量が望ましいと考えられることから、できるだけこの値に近づくことを目標とすべきであると考えられる。
しかし実際の日本人の1日あたりの平均塩分摂取量は男性10.5g、女性9.0gです。
- 男性10.5g
- 女性9.0g
- 【厚生労働省の「日本人の食事摂取基準(2020年版)」】: 男性7.5g未満、女性6.5g未満
- 【WHO世界保険機関の食事摂取基準】: 5g未満
塩分摂取量が多いのでまず達成して欲しい目標値が 男性7.5g未満、女性6.5g未満となります。
WHP世界保健機関では塩分摂取量5g未満が目標値ですから、将来的には日本人もこの値を目指すべきですが、現状からすると相当な努力が必要ですよね。自分自身も塩分摂取量多いだろうなとは思いますがあなたはどうでしょうか。
少し抗生剤から話がそれましたが、1日の食塩量6.0g未満(WHOでは5g未満)が推奨量になりますので、この記事を読み終わると抗生剤注射投与による食塩量が多いな…と感じてもらえると思います。
ということで、食塩量に換算して表にまとめてみました。
では早速、一覧表を見てみましょう。
抗生剤ナトリウム含有量一覧
分類 | 医薬品名 | 成分名 | 1V | 1Vあたりの Na量(mEq) |
食塩量 ( g ) |
参考資料 |
ペニシリン | ビクシリン® | アンピシリンナトリウム | 1g | 2.86 | 0.17 | 注射用ビクシリン®1000 IF, 2020年9月改訂(第10版) |
ビクシリンS® | アンピシリンナトリウム/クロキサシリンナトリウム | 1g | 2.53 | 0.15 | 注射用ビクシリン®S1000 IF, 2019年4月改訂(第9版) | |
ペントシリン® | ピペラシリンナトリウム | 1g | 1.93 | 0.11 | ペントシリン®注射用1g 添付文書, 2019年4月改定(第19版) | |
ユナシン®ーS | アンピシリンナトリウム/スルバクタムナトリウム | 3g | 10 | 0.58 | ユナシン®-S静注用3g 添付文書, 2021年8月改定(第1版) | |
ゾシン® | タゾバクタム/ピペラシリンナトリウム | 4.5g | 9.39 | 0.55 | ゾシン®静注用4.5 添付文書, 2020年10月改定(第14版) | |
セフェム | セファメジンα® | セファゾリンナトリウム | 1g | 2.2 | 0.13 | セファメジンα®注射用1g IF, 2020年10月改訂(第18版) |
セフォチアム | セフォチアム | 1g | 4.6 | 0.27 | セフォチアム塩酸塩静注用 1g「SN」IF, 2020 年 10 月改訂(第 13 版) | |
セフタジジム | セフタジジム | 1g | 2.3 | 0.13 | セフタジジム静注用1g「日医工」IF, 2020年10月改訂(第11版) | |
ロセフィン® | セフトリアキソンナトリウム | 1g | 3.61 | 0.21 | ロセフィン®静注用1g IF, 2020年12月改訂(第27版) | |
スルペラゾン® | セフォペラゾンナトリウム/スルバクタムナトリウム | 1g | 2.93 | 0.17 | スルペラゾン®静注用1g IF, 2020年12月改訂(第12版) | |
セフメタゾン® | セフメタゾールナトリウム | 1g | 2.16 | 0.13 | セフメタゾン®静注用1g IF, 2019年3月改訂(第2版) | |
マキシピーム® | セフェピム | 1g | 0 | 0 | 注射用マキシピーム®1g IF, 2016 年 6 月改訂(第 6 版) | |
オキサセフェム | フルマリン® | フロモキセフナトリウム | 1g | 2.9 | 0.17 | フルマリン®静注用1g 添付文書, 2020年10月改訂(第13版) |
カルバペネム | チエナム® | イミペネム/シラスタチンナトリウム | 0.5g | 1.63 | 0.10 | チエナム®点滴静注用0.5g IF, 2021年7月改訂(第16版) |
カルベニン® | パニペネム/ベタミプロン | 0.5g | 4.47 | 0.26 | カルベニン®点滴用0.5g IF, 2021年6月改訂(第11版) | |
メロペネム | メロペネム | 0.5g | 1.96 | 0.11 | メロペネム点滴静注用0.5g「ファイザー」IF, 2021年1月改訂(第12版) | |
グリコペプチド | バンコマイシン | バンコマイシン | 0.5g | 0 | 0 | 塩酸バンコマイシン点滴静注用0.5g 添付文書, 2021年 4 月改訂(第18版) |
その他 | ホスミシンS® | ホスホマイシンナトリウム | 1g | 14.5 | 0.85 | ホスミシン®S静注用1g 添付文書, 2018年3月改訂(第5版) |
※セフォペラゾンナトリウム/スルバクタムナトリウムのナトリウム含有量の内訳:セフォペラゾンナトリウム0.78mEq、スルバクタムナトリウム2.15mEq
画像でも貼っておきますね。見やすい方でご覧ください。
※添付文書、またはインタビューフォーム(IF)に記載されているデータをまとめました。(私自身が良く触れる抗生剤の他、ナトリウムが多く含まれている薬剤の一覧です。すべての薬剤ではありません。)
※先発品にデータが記載されているものは先発品の資料を参照、記載されていないものは記載されている後発品の資料を参照しています。
※一覧に記載されていないものは、下記食塩量の求め方を参照してください。
食塩量の求め方
Na量(mEq)またはNa量(mg)を探します。
Na量(mg)が記載されていない場合は自分で計算をします。
Na(mg)=Na(mEq)×23
Na(mEq)にNaの分子量23をかけてあげるとNa(mg)を求めることができます。
食塩量(g)=ナトリウム(mg)×2.54/1000
2.54は“NaClの分子量/Naの分子量”です。Naの分子量23、Clの分子量35.5より、“58.5/23=2.54”となります。
生理食塩水100mlの食塩含有量
生理食塩水は濃度が0.9%、1Lにナトリウムが154mEq含まれています。
生理食塩水100mlにはナトリウム15.4mEq、食塩として0.9g含まれていることになります。
例えば、抗生剤を生理食塩水100mlに溶解し1日3回投与した場合、それだけで食塩2.7gになってしまいます…。
注意すべき抗生剤
ホスホマイシンは1g中に14.5mEqのナトリウム(Na)を含有しています。
ホスミシン®(ホスホマイシン)の添付文書には、静脈内注射の用法・用量の項目に『通常、成人にはホスホマイシンとして1日2~4g(力価)、また小児には1日100~200mg(力価)/kgを2~4回に分け、5分以上かけてゆっくり静脈内に注射する。溶解には日局注射用水又は日局ブドウ糖注射液を用い、本剤1~2g(力価)を 20mLに溶解する。』と記載されています。
また、重大な基本的注意として『14.5mEq/g(力価)のナトリウムを含有するので、心不全、腎不全、高血圧症等ナトリウム摂取制限を要する患者に投与する場合は注意すること。』と記載されています。
上述(食塩量の求め方に記載)した計算式に当てはめて計算してみます。
ホスホマイシン1gにナトリウム14.5mEq含まれていますので、
14.5×23=333.5
ナトリウムは333.5mg含まれていることになります。
食塩に換算すると、
333.5×2.54/1000=0.85
ホスホマイシン1gに含まれている食塩量は0.85gとなります。ホスホマイシン2gだと食塩量1.7gですね。
ホスホマイシン2gを注射用水100mLに溶解した場合、この注射剤のナトリウム含有量は29mEq、食塩としては1.7gとなることは先ほど示した通りです。
もし、生理食塩水100mLに溶解すると合計2.6gとなり、1日2回投与すると5.2g/日となります。
ナトリウム含有量が多いためホスホマイシンの溶解には日局注射用水又は日局ブドウ糖注射液を用います。生理食塩水は用いません
ホスホマイシンと生理食塩水だけでほとんど1日のナトリウム摂取量になってしまいますからね。食事摂取も加えると6gなんて軽々オーバーしてしまいます。(WHO世界保険機関の食事摂取基準である5gはすでに超えてますね…)
他にも、スルバクタム・アンピシリンやタゾバクタム・ピペラシリンなどナトリウム含有量の多い抗生剤もあります。このような抗生剤投与期間中はナトリウム値に注意が必要です。
生理食塩水の食塩量も多いですから、どの抗生剤もナトリウム値が高い場合は溶解液を生理食塩水から5%ブドウ糖に変更するなどの対応が必要ですね。
抗生剤とカリウム
多くの抗生剤はナトリウムが含まれていますが、ペニシリンG®(ベンジルペニシリンカリウム)にはカリウムが含まれています。
分類 | 医薬品名 | 成分名 | 1V | 1VあたりのK量( mEq ) | 参考資料 |
ペニシリン | ペニシリンG® | ベンジルペニシリンカリウム | 100万単位 | 1.53 | 添付文書, 2020年 9 月改訂(第12版) |
ベンジルペニシリンカリウムの添付文書には『本剤は100万単位中に59.8mg(1.53mEq)のカリウムを含有するため、点滴静注する場合には、患者の腎機能や血清電解質及び心電図の変化に注意すること。また、高カリウム血症があらわれた場合には、投与を中止するなど適切な処置を行うこと。』と記載されています。
感染性心内膜炎の場合、1日6回3000万単位/日が最大投与量になりますから、最大投与量を投与するような場合1.53mEq×30バイアル=45.9mEqと抗生剤だけで45.9mEqのカリウムが投与されることになります。
さて、1日のカリウムの投与量は塩化カリウムとして7.5g(カリウムとして100mEq)を超えないこととなっていますから、抗生剤だけで投与可能な量の半量を投与していることになりますね。カリウムが低値で点滴や内服で補正をしている人ならまだ良いですが、そうでない場合は高カリウム血症に注意しなければなりません。
高カリウム血症になってしまうと最悪死亡してしまう可能性があります。良かれと思って行った抗生剤治療が原因だとしたらいたたまれないですよね。
カリウム値のフォローが必要です。
高カリウム血症についてはコチラの記事をご参照ください。
まとめ
- 抗生剤にはナトリウムが含まれているものが多い
- ホスホマイシンは特にナトリウム含有量(1gあたりの食塩量として0.85g)が多く生理食塩水に溶解してはいけない
- ユナシン®ーS 3gの食塩量0.58g、ゾシン® 4.5gの食塩量0.55gも1バイアル当たりの食塩含有量が多いため注意が必要である
- ナトリウム高値の場合は抗生剤の種類に関係なく溶解液を生理食塩水から5%ブドウ糖等に変更する
- ベンジルペニシリンカリウム投与時はカリウム値のフォローが必要である