
「ステロイドカバー」という言葉を耳にしたことはありますか?
長期間ステロイドを使用している患者さんや、副腎不全を抱える患者さんが手術を受ける際、周術期に一時的にステロイドを補充することを指します。
なぜ必要かというと、手術という強いストレスに対して副腎が十分にコルチゾールを分泌できない場合、血圧低下やショックなどの副腎クリーゼが起こる危険があるからです。
この記事では、ステロイドカバーについて
- どの患者が対象になるのか
- どの薬を使えばよいのか
- 実際の投与方法
- モニタリングのポイント
- 症状が発現したときの対応
を整理し、日常業務で使える実践的なポイントを紹介します。
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薬剤師の“みや”です。
『薬の特徴や比較』、『循環器領域の薬物療法の考え方』、『論文の読み方のポイント』、『男性の育休取得時のポイント』などのテーマで記事を執筆しています。医療現場や日常生活で役立つ視点から、読者にわかりやすく、実用的な情報をお届けすることを心がけています。
Contents
ステロイドカバーとは?周術期の対応を整理
ステロイドカバーが必要な患者
すべての患者にステロイドカバーが必要なわけではありません。原発性副腎不全もしくは二次性副腎不全の場合に手術の侵襲度によってステロイドカバーの必要性を検討します。
- 原発性副腎不全
Addison病、両側副腎摘出後など自身で副腎ホルモンを分泌できない状態です。 - 二次性副腎不全
長期間ステロイド内服をしていると、下垂体‐副腎系の働きが抑制され、自身でのコルチゾール分泌ができなくなります。
具体的にはプレドニゾロン換算で5mg/日以上を3週間以上継続している場合、副腎抑制の可能性あります。またすでに中止していても、中止後半年以内なら副腎抑制が残っていることがあるので注意が必要です。この場合もストレス時には追加補充が必要です。
原発性/二次性副腎不全とその違い
原発性副腎不全(Addison病など)
◇ 障害部位
• 副腎そのものの障害
• 皮質(特に束状層・球状層)が障害され、コルチゾール(グルココルチコイド)、アルドステロン(ミネラルコルチコイド)の両方が欠乏する
◇ 主な原因
• 自己免疫性 Addison 病(最も多い)
• 結核、感染症(真菌、HIVなど)
• 転移性腫瘍
• 副腎出血(抗凝固療法、Waterhouse-Friderichsen症候群)
• 遺伝性(先天性副腎過形成など)
◇ 臨床症状
• 低血圧、ショック(循環虚脱)
• 低Na血症・高K血症
• 脱水
• 色素沈着(ACTH↑による)
• 倦怠感、食欲低下、体重減少
◇ 治療
• グルココルチコイド補充:ヒドロコルチゾン
• ミネラルコルチコイド補充:フルドロコルチゾン
• 必要に応じ塩分補給
※二次性副腎不全ではRAAS(腎でのアルドステロン分泌)は保たれているため、ヒドロコルチゾン単独で十分となります。
二次性副腎不全(下垂体・視床下部障害)
◇ 障害部位
• 下垂体または視床下部の障害
• ACTH/CRH分泌が低下 → コルチゾールのみ低下
• アルドステロンは主にレニン–アンジオテンシン系で分泌されるため保たれる
◇ 主な原因
• 下垂体腫瘍、下垂体手術・放射線治療
• 頭部外傷、脳腫瘍
• サルコイドーシス、ランゲルハンス細胞組織球症
• 長期グルココルチコイド投与による HPA 軸抑制(いわゆる三次性副腎不全を含む)
◇ 臨床症状
• 倦怠感、低血圧(軽度〜中等度)
• 低Na血症(希釈性)
• 色素沈着は なし(ACTH低下のため)
• 高K血症は原則なし(アルドステロン分泌が保たれるため)
◇ 治療
• グルココルチコイド補充:ヒドロコルチゾン
• ミネラルコルチコイド補充は不要
二次性副腎不全の下垂体抑制の機序
なぜプレドニゾロンを長期使用していると下垂体抑制が起きるのか、「二次性副腎不全の下垂体抑制」についてもう少し詳しく機序をみていきましょう。
副腎皮質ホルモンの分泌経路
正常時、以下の順にホルモンが分泌されます:
- 視床下部 → CRH(副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン)
- 下垂体前葉 → ACTH(副腎皮質刺激ホルモン)
- 副腎皮質 → コルチゾール
この「視床下部 → 下垂体 → 副腎」の流れを HPA系(下垂体-副腎系) と呼びます。
ステロイド長期使用による「下垂体抑制」
外からプレドニゾロンやデキサメタゾンなどのステロイドを長期間投与すると、血中のグルココルチコイド濃度が高い状態が続きます。そのため、脳は「コルチゾールが十分にある」と認識してしまい、視床下部のCRH分泌が低下、下垂体のACTH分泌が抑制されます。その結果、副腎が刺激されなくなり、副腎皮質が萎縮してしまいます。このように 「下垂体からACTHが出ないために、副腎が働かなくなる」 状態を 二次性副腎不全 と呼びます。
一方、副腎そのものが壊れてしまう(自己免疫・結核など)のが 原発性副腎不全です。
臨床的な特徴
二次性副腎不全では鉱質コルチコイド分泌(主にアルドステロン)は、ほぼ保たれています。なぜならアルドステロンは主に レニン-アンジオテンシン系 で調節されているからです。そのため症状は「低血圧や電解質異常」よりも、「易疲労感・低血糖」など糖質コルチコイド欠乏が中心になります。
原発性/二次性副腎不全の違いまとめ
|
項目 |
原発性副腎不全 |
二次性副腎不全 |
|
障害部位 |
副腎 |
下垂体・視床下部 |
|
欠乏ホルモン |
コルチゾール+アルドステロン |
コルチゾールのみ |
|
ACTH |
高値 |
低値 |
|
電解質異常 |
低Na・高K |
低Na(希釈性)、高Kはなし |
|
色素沈着 |
あり(ACTH↑による) |
なし |
|
主な原因 |
Addison病、結核、腫瘍、副腎出血など |
下垂体腫瘍、手術/放射線、長期ステロイド投与など |
|
治療 |
グルコ+ミネラルコルチコイド補充 |
グルココルチコイド補充のみ |
ACTH(副腎皮質刺激ホルモン)
原発性副腎不全
・糖質コルチコイド(コルチゾール)と鉱質コルチコイド(アルドステロン)が両方不足
・したがって、生理的に近い作用を持つヒドロコルチゾンでの補充が基本
二次性副腎不全
・主に糖質コルチコイドだけが不足(アルドステロン分泌は保たれる)
・この場合はデキサメタゾンなどの糖質コルチコイドでも対応可能
「二次性副腎不全の下垂体抑制」は、長期の外因性ステロイドや下垂体疾患によりACTH分泌が抑えられ、副腎が刺激されずにコルチゾールが作れなくなった状態のことです。
実務では「原発性=ヒドロコルチゾン必須」「二次性=ヒドロコルチゾンが第一選択ですが、場合によってはデキサメタゾンで代用可能」と覚えておくと整理しやすいですね。
周術期のストレス強度とステロイド補充量の目安
手術の侵襲度によってステロイドカバーで必要なステロイドの補充量が変わります。
|
手術侵襲 |
術中(導入時) |
術中〜術後 |
経口再開後 |
|
大手術(開腹、開胸、帝王切開など) |
HC 100 mg i.v. |
HC 200 mg/日持続静注(または50 mg i.m. 6時間毎) |
通常量の2倍を48h(2日、必要に応じ最長1週間)、その後維持量へ |
|
中等度手術(関節置換、腹腔鏡手術など) |
HC 100 mg i.v. |
HC 200 mg/日持続静注(または50 mg i.m. 6時間毎) |
通常量の2倍を48h(2日)、その後維持量へ |
|
小手術(皮膚、内視鏡、日帰り処置など) |
HC 100 mg i.v. |
不要(または経口不可なら HC 補充) |
通常量の2倍を24h(1日)、その後維持量へ |
HC:ヒドロコルチゾン、i.v.:静脈内投与、i.m.:筋肉内投与
ステロイドカバーで使用される主な薬剤
代表的な薬剤とその使い分けを整理します。
ヒドロコルチゾン(ソルコーテフ®)
- 第一選択薬
- 生理的コルチゾールに近い作用(糖質+鉱質コルチコイド作用を併せ持つ)
- 短時間作用型(半減期が短い)なので、術後の調整がしやすい
- 急性期・周術期管理に最も適している
デキサメタゾン
- 長時間作用型(半減期が長く、作用持続が強い)
- 鉱質コルチコイド作用はほとんどなし
- 二次性副腎不全(下垂体抑制)では使用可
- 抗炎症作用が非常に強いため、血糖コントロール不良や感染リスク増加に注意
- 短期投与では嘔気予防(抗がん剤・麻酔関連)にも使われる
プレドニゾロン
- 中間型(ヒドロコルチゾンより長いが、デキサメタゾンほど長くない)
- 鉱質コルチコイド作用もあるが、ヒドロコルチゾンよりは弱い
- 多くの慢性疾患(膠原病、腎疾患、喘息など)で維持療法の標準薬
- 周術期も「日常的にプレドニゾロンを内服している患者」であれば、そのまま 等価換算して増量する形 でカバー可能
- ただし、術直後や経口困難時は静注ヒドロコルチゾンに切り替える方が安全
薬剤の比較
|
薬剤 |
相当量(ヒドロコルチゾン20mg=1とした換算) |
作用時間(生物学的半減期) |
糖質コルチコイド作用強度 |
鉱質コルチコイド作用 |
周術期での特徴・使い分け |
|
ヒドロコルチゾン(ソルコーテフ®) |
20 mg(基準) |
8–12時間(短時間型) |
1 |
1(あり) |
生理的コルチゾールに近い。術後調整が容易。第一選択。 |
|
プレドニゾロン |
5 mg ≒ ヒドロコルチゾン20 mg |
18–36時間(中間型) |
4 |
0.6(弱いがあり) |
維持療法の標準薬。内服継続患者は換算でカバー可。術直後は静注に切替が安全。 |
|
デキサメタゾン |
0.75 mg ≒ ヒドロコルチゾン20 mg |
36–72時間(長時間型) |
25 |
0(なし) |
二次性副腎不全では使用可。抗炎症作用が非常に強い。高血糖・感染リスク注意。 |
ステロイドカバーの推奨レジメン
ヒドロコルチゾン静注でカバーする場合
中等度手術の例(成人)
- 術直前:ヒドロコルチゾン 50 mg静注
- 術後:ヒドロコルチゾン 25 mg静注を8時間ごとに24時間
- 翌日以降:通常の内服量に戻す
大手術の例(成人)
- 術直前:ヒドロコルチゾン 100 mg静注
- 術後:ヒドロコルチゾン 50 mg静注を8時間ごとに 24–48時間
- 翌日以降:状態が安定すれば速やかに通常の内服量に戻す
プレドニゾロン内服でカバーする場合
- ステロイド抑制が懸念される患者(例:プレドニゾロン≧5 mg/日を3週間以上継続)の場合
- 周術期は「ヒドロコルチゾン換算」でカバーするのが原則
(※ヒドロコルチゾン 20 mg ≒ プレドニゾロン 5 mg)
中等度手術の例(成人)
- 術直前:通常内服に加えてプレドニゾロン 10 mg内服
- 術後24時間:プレドニゾロン 10 mg/日(分割または1回投与)
- 翌日以降:通常の内服量へ戻す
大手術の例(成人)
- 術直前:通常内服に加えてプレドニゾロン 20 mg内服
- 術後24–48時間:プレドニゾロン 15–20 mg/日(分割可)
- 以降:速やかに通常の内服量へ戻す
通常、副腎不全の補充療法ではプレドニゾロン 5 mg/日程度で十分とされています。これは、生理的な血中コルチゾールの一日分泌量が約20 mg/日(ヒドロコルチゾン換算)であり、ヒドロコルチゾン 20 mg ≒ プレドニゾロン 5 mg に相当するためです。
もしプレドニゾロン 20 mg/日を維持しているケースがあれば、それは副腎不全の補充ではなく、膠原病や血液疾患などの治療目的に中等量ステロイドを継続している場合と考えられます。
大手術のストレス下で必要とされるコルチゾール量はヒドロコルチゾン 100 mg/日程度とされています。したがって、治療目的でプレドニゾロン 20 mg/日を内服している場合は、追加投与を行わなくても十分にストレスカバーされていると判断されます。
ステロイドカバー推奨レジメンまとめ
|
手術の侵襲度 |
ヒドロコルチゾン静注 |
プレドニゾロン内服 |
備考 |
|
小手術(例:皮膚生検、白内障手術など) |
追加不要 or 通常維持量 + 術直前 25 mg i.v. |
通常内服量のまま or 術直前に5 mg追加 |
基本は通常の内服継続のみで可 |
|
中等度手術(例:胆嚢摘出、整形関節置換など) |
術直前 50 mg i.v. → 術後25 mg i.v. 8時間ごと×24h → 翌日から通常内服 |
術直前に10 mg追加 → 術後24hは10 mg/日 → 翌日から通常量 |
内服の場合は吸収不良リスクに注意(静注が望ましい) |
|
大手術(例:開腹・開胸手術、心臓手術など) |
術直前 100 mg i.v. → 術後50 mg i.v. 8時間ごと×24–48h → その後通常内服へ |
術直前に20 mg追加 → 術後24–48hは15–20 mg/日 → その後通常量 |
原則は静注で管理。経口可なら換算で対応可 |
i.v.:静脈内投与
ステロイドカバーをしても症状が出てしまった場合の対応
起こりうる症状(副腎不全・副腎クリーゼの兆候)
ステロイド不足により以下のような症状が現れます。薬剤師として観察すべき重要ポイントです。
- 循環系:血圧低下(ショック)、頻脈
- 代謝系:低血糖、低ナトリウム血症、高カリウム血症
- 消化器系:悪心・嘔吐、腹痛
- 神経・全身:倦怠感、意識障害、発熱
鎮静時は「血圧・電解質・血糖」を重点的にモニタリング。覚醒後は「倦怠感」「食欲不振」「吐き気」などの自覚症状にも注意。
発症時の対応(医師による処置の流れ:薬剤師も把握しておく)
もしステロイドカバーをしても症状が出てしまった場合、副腎クリーゼとしての緊急対応が必要です。
- 即時ステロイド投与強化
- ヒドロコルチゾン 100mg 静注
- その後、持続静注または 50mg 静注を6時間ごとに投与
- 輸液による循環維持
- 生理食塩水やブドウ糖液を用いた補液
- 低血糖や低Naの是正
- 循環動態が安定しない場合
- 昇圧薬(ノルアドレナリンなど)の使用
薬剤師の実務的な関わり
個々の観察項目の確認ポイント、症状・初見、対応・報告の目安についてまとめました。
|
観察項目 |
確認ポイント |
症状・所見 |
対応・報告の目安 |
|
バイタルサイン |
血圧・脈拍の推移 |
血圧低下、頻脈、ショック兆候 |
継続的な低血圧や昇圧剤使用時は副腎クリーゼ疑いで即時報告 |
|
血糖値 |
術中・術後の血糖管理 |
低血糖(発汗・意識低下)/高血糖(過剰補充時) |
異常値(低血糖<70mg/dL、高血糖>180mg/dL)は報告・対応 |
|
電解質(Na/K) |
低Na血症・高K血症の有無 |
倦怠感、吐き気、不整脈 |
急激なNa低下やK上昇は緊急対応必要 |
|
臨床症状(患者自覚) |
倦怠感・悪心・嘔吐・食欲不振 |
術後に説明のつかない倦怠感や吐き気 |
カバー不足を疑い、医師へ報告 |
|
意識状態 |
覚醒レベルの変化 |
意識混濁、傾眠、見当識障害 |
急変時は副腎不全も鑑別に含め報告 |
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ステロイド投与スケジュール |
内服から静注への切替、再開タイミング |
投与忘れ、タイミングのずれ |
不足や過剰の可能性をチームへ情報提供 |
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副作用リスク |
感染徴候・創傷治癒の遅れ・血糖上昇 |
発熱、白血球増加、創部遅延 |
過剰投与の可能性を指摘し減量提案 |
バイタルサインや血糖値などの異常は看護師のモニタリングで早期に検出され、是正のための指示もあらかじめ出ていると思います。
しかし、ステロイドカバーが必要な患者では、薬剤師がその異常を副腎クリーゼの可能性やステロイド投与量の不足と関連づけて評価し、必要に応じて追加投与を含め医師に報告・相談することが重要です。
- 周術期モニタリング
・血圧・心拍数・血糖値・電解質(Na/K)をチェック
・ステロイド投与スケジュールと照らし合わせて異常がないかを確認 - 症状出現時のチーム内共有
・「低血圧+低血糖+吐き気 → 副腎クリーゼの可能性あり」と迅速に報告
・ヒドロコルチゾンの救急投与ルートを確認 - 術後管理
・投与を漫然と継続せず、必要最小限に切り替えるよう医師へ情報提供
・感染や高血糖など、過剰投与に伴う副作用にも注意
『ステロイドカバーとは?周術期の対応を整理』まとめ
- ステロイドカバーは副腎不全による周術期リスクを避けるための補充療法
- 原発性副腎不全 → ヒドロコルチゾン必須
- 二次性副腎不全 → ヒドロコルチゾンが基本だが、デキサメタゾンでも対応可能な場合あり
- 侵襲度に応じて投与量を調整し、術後は速やかに内服へ戻す
- ステロイドカバーをしても、副腎クリーゼが起こる可能性はゼロではない
- 薬剤師が観察すべき症状は、血圧低下・低血糖・低Na/高K・倦怠感・嘔吐
- 発症時はヒドロコルチゾン追加投与+輸液+循環維持が基本
- 日常業務では「周術期の補充量が十分か」「症状が出ていないか」をモニタリングし、異常をチームへ即時報告することが重要
2024年以降、ヒドロコルチゾン注射製剤(ソル・コーテフ®)の供給が不安定な時期が続いています。患者背景と手術侵襲度から“本当にヒドロコルチゾンが必要な症例”と“等力価換算で代替可能な症例”を選別し、適正使用に努めることが重要ですね。




